これから生まれる初孫に父親側の両親は何をすべきなのだろうか?

嬉しい知らせが長男からあった。子供が今年の10月に生まれるらしい。性別は、男の子だと言う。私にとって初めての孫に成る。孫が生まれると正式に私は「おじいちゃん」になる。63歳で「おじいちゃん」になるのは、早いのか、遅いのか分からないが、本当の気持は生まれてみないと分からない。

孫には、私を「おじいちゃん」と呼ばせないことにする。私のニックネームで呼ばせようと思っている。米国留学中に使っていたニックネーム「ハンジ」である。または、私の子どもたちが呼んでいる「パーリン」にしようか。まあ、どちらにせよ。孫が言いやすい呼び名でよいが、おじいちゃんは極力避けたい。

おじいちゃんという呼び名は、年齢が75歳以上になった老人に似合っている。75歳以上の人は、風貌からしておじいちゃんと呼ばれても認めざるをえないからだ。63歳の私には、おじいちゃんはまだ早い。

孫が生まれたら私たち夫婦はどうすれば良いのか?

お風呂に入る前に自分の肉体を鏡に映して健康チェック

お風呂場には、体重計がある。毎朝と夜に体重計に乗る。体重の変化に気をつけている。私は、63歳、身長179cm、体重75~76kgである。体重は、朝75kg、夜76kgと変化する。急激な体重の変化は、なにか原因があるので注意している。2泊3日ぐらいの夫婦旅行に行くと必ず体重が2kgぐらい増える。旅先で美味しい料理を食べすぎるからだ。3日後には、元の体重に戻る。

私は、お風呂に入る前に洗面所の前で裸の肉体をチェックしている。

汗が出やすい季節になると皮膚に癜風という症状が出てくる。私の場合は、脱色素斑(白色癜風)の症状が出てくる。

癜風(でんぷう、英: Tinea versicolor)は、表皮に発症する真菌感染症。

細かい鱗屑が付着する淡褐色斑(黒色癜風)あるいは脱色素斑(白色癜風)ができる。好発部位は背部、胸部、頸部、上腕、腋窩などで、春から夏にかけて発症および悪化しやすく、痒みは伴わないことが多い。ありふれた日和見感染の一つであるが気づかない人が多く、一般的に認知されていない。(引用先:ウィキペディア

皮膚が弱い家系のためか癜風菌にやられやすい!

70歳以降の健康維持対策で週2回の筋トレを続けている

筋肉は70歳以降に激減する。筋肉を刺激するような運動や活動をしていないシニアは、大きな筋肉がある足から筋肉を失っていく。歩くのが辛くなる、脚を上げるのが難しくなる、長時間歩くのが出来なくなるという老化現象が足に出てくる。筋肉は生活環境に順応する。70歳を過ぎたシニアの生活は、定期的な運動をしていなければ、自宅周辺を歩くぐらいだ。

体の筋肉を積極的に刺激するような活層をしていないため、使われない筋肉は失われていく。風邪で1週間ぐらい寝ていれば、足の筋力が落ちていることが分かるはずだ。仕事をして動き回っている人は、自然と足を使っている。駅の階段の昇り降り、営業での外回りなど体を使う。

仕事をやめた70歳代のシニアは、急激に体を動かすことが毎日の生活でなくなる。楽な生活に筋肉は適応する。余分な筋肉はなくしていく。そんな生活が続く内に体全体の筋肉量が減って行っていることが体感するようになる。以前出来た動作が出来なくなると言った現象だ。

63歳の私は、筋トレを30年以上続けている。"Good in Shape” 健康的な体型を維持するためだ。老化現象で猫背になったり、体が枯れていったり、弱々しい歩き方になったり、血色が悪い肌になったりする。それを予防する意味で筋トレは役に立っている。

筋トレで筋肉を貯金出来ることを知っているだろうか!

寂しさを癒やすために婚活をするシニアは一人旅に参加してはどうか?

 二人で生活をするのが当たり前になる老後だが、色々な理由で一人生活をせざるを得ないシニアがいる。配偶者の他界、離婚、認知症で老人ホームなどで一人生活になる。一人生活が長くなると寂しさが増してくる。夜、一緒に夕食を食べる相手がいない。そんな日が続くと生きている楽しさが失われていく。

何かに没頭する趣味があれば、趣味が寂しさを紛らわしてくれるのだが寂しさからは逃れられない。昼間は、近くに遊び仲間がいれば孤独感は感じないが、夜だけは一人寂しくテレビを見るだけだ。多くの一人住まいの老人はペット(犬や猫)を飼う。ペットを話し相手にして家族にする。家に帰れば、ペットの犬が待っている。

元気で健康な老人ならば、新しい生活のパートナーを求め始める。シニア男性と女性のニーズがマッチすれば良いのだが、これも男と女の騙し合いになる。色々な駆け引きが婚活の中で展開される。

シニアの婚活で何を求めるのか?

指圧マッサージを受けるタイミングが分かった!

指圧マッサージを時々受けている。最近の指圧マッサージの料金が60分3000円ぐらいだ。以前は、5000円、8000円ぐらいしていた。マッサージ業界も価格競争に入っている。パソコンを1日6時間以上使っていると肩こり、腰痛、目の疲れが累積する。この疲れを解消するために筋トレを週2回行っているのだが、これだけでは積もったコリを取り除くことが出来ない。

どうしても指圧マッサージさんに助けてもらわねばならなくなる。これまでの経験値から月に1回指圧マッサージをするのが良いような感じがしている。

でも、こんな時は直ぐに指圧マッサージのお世話になっている。

疲れは堆積させるべきではない!

都会生活をしていると地域での触れ合いがない・・・孤独につながる

今生活している大規模集合住宅に23年いる。私の元会社員生活を振り返ってみると、自宅のドアを開いて最寄りの駅まで歩く。会社で仕事をして夜に帰宅する。週末は家族でドライブ。外食。集合住宅でも自治会があるが毎日住んでいる人達と触れ合う場所や機会がない。

この23年間、私が知っている隣人は非常に限られている。

隣、上、下の住民を見かけるぐらいの触れ合いだ。マンション生活は、どこもこんな感じかもしれない。田舎育ちの私は、都会生活は便利だが寂しい感じを受ける。Face to Faceの触れ合いが住んでいる地域で確立できないからだ。23年間で住民たちと知り合える機会は、子どもたち経由だ。同学年の子供を持つ親たちと学校で出会い、クラブ活動で親交を深め、一緒にデイキャンプに出かける。子供を経由した住民との出会いは、触れ合うつながり規模が狭すぎる。

63歳になり、子どもたちが巣立ちし、子供経由で知り合えた住民との接点が少なくなる。幾つかの隣人は、23年間の間に引っ越しをした。新しい住民も入居してくるが会話をする機会はない。顔は見かけるけれども、どの部屋に住んでいるのか、どんな家族構成なのか、何年たっても分からない。

多くの人たちが大規模集合住宅で生活しているが、知らない人たちだらけだ。We are NOT ALONE but Lonely.である。この状態が年老いていくシニア夫婦に広がっている。

孤独死は都会に多いのでは?

夫婦二人の生活から一人の生活になった時

肉体は歳と共に衰えて行く。これは実感できる。精神はどうか。肉体ほど実感がないと私は感じている。夫婦二人の生活が始まってどちらかが他界するまで夫婦二人の生活が続く。家に帰れば、家内が夕食を作って待っていてくれる。このような時間がいつまで続くか分からないが、必ず。終わりが来る。

それは、独身であった若い頃に結婚相手を見つけて一緒にいる時間を長く持とうとする事と同じだ。人生の流れは、独身>夫婦>家族>夫婦>独身という感じで移って行く。

私たち夫婦は、また、二人だけの新婚時代に戻っている。両親の介護支援はあるが、夫婦二人の生活が生まれている。新婚の頃のように赤ちゃんを作るという事は無くなり、自分たち二人の生活を楽しむ時間を得ている。

そして、

ある日ある時、どちらかが寿命を全うし旅立つ。あとに残された片割れは、また、独身の生活を始める。若さが無い、くたびれた肉体で寿命を全うしようとする。生と死。始めと終わり。どちらが後に残ろうとも精神的な苦痛は生まれる。二人で楽しんだ共有の時間が消えるからだ。自宅に帰っても誰も待っていない。待っているのはペットの犬や猫かもしれない。 

二人一緒に他界するのが理想だが、それは望み過ぎだろう!

75歳以降の年金収入が平均で100万円前後ならば自分でビジネスを始めるのが良い!

75歳を過ぎれば、多くのシニアは働くことをやめる、または働きたくても働く仕事が無くなる。その結果、収入は、年金だけになる。国民年金だけであると年金収入が世帯で100万円前後になるという。厚生年金や企業年金がある世帯は、200万円前後だと言う。シニアガイドの記事を読んでそれがわかった。

これから見ても老後は多くの人が国や会社からの年金に依存する。私の世代、60歳代、は、国民年金の額がもっと低くなる。仕事があれば、金融資産が多くあれば、お金で老後を心配することはないだろうが、多くのシニアは仕事も十分な金融資産もない。

老後の幸せは、お金だけで図ることは出来ない。私は、お金よりも健康な体が一番重要視する。健康な体プラスお金があれば幸せを感じやすくなる。

お金が足りなくなるのは分かっている。だから、今から自分でお金を得る方法を作り出すことだ!

シニアの好奇心を刺激する美味しいパン

義父の介護支援で東京に1時間以上かけてドライブして来ている。一泊二日の介護支援なのだが、京王線仙川駅近くにあるアトリエ猿田彦珈琲店に行くことが多い。空いた時間にコーヒーを飲みながら仕事をする。2時間ぐらい仕事をして、帰りにクイーンズ伊勢丹でパンを買って義父の家に帰る。

クイーンズ伊勢丹仙川店の中にベイカリーがある。そのパン屋は、ちょっと変わったパンを作って販売している。値段も比較的安く味も良い。知らない内に介護支援に来た時は必ず立ち寄ってパンを買い始めていた。

美味しいパンを味わい始めると癖になる。いつもは、スーパーで売られている130円ぐらいの食パンを朝食のトーストにしているのだが、特別に美味しいとは感じない。クイーンズ伊勢丹のベイカリーのパンは、何故か、美味しい。これがトリガーになって美味しいパンを食べたいという好奇心に目覚めてしまった。

 シニアになると好奇心が失われ始める。何故か分からない。好奇心は、シニアを子供心に帰らせる。

大量生産のパンよりも手作りのパン

過去の人からの手紙に戸惑いを覚える

先日、突然、20年ほど前の元会社同僚(顔見知り程度)から手紙が届いた。私は、20数年前に彼の奥さんに依頼されて「ある事件の証人」として彼について話した。彼との接点は、同じ職場であるプロジェクトに携わっていただけだ。親交が深い同僚と言うよりは、職場で顔を合わせていた同僚と言う程度の関係であった。 

そんな彼から20数年たって突然手紙を頂いた。私にとって彼の存在は既に「過去の人」と言う認識である。その当時、私がやれる事をやったという事で事は終わったと思っていた。彼からの突然の手紙は驚きでしかなかった。

現在と20数年前の私では、人生と生活環境が違う。人生観も違う。彼の存在は、今の自分の人生の外にある。そんな思いが手紙を読んで強く感じた。

幼なじみでも親交が続いていなければ赤の他人!