「最も病気に成り難い適正体重」に挑戦する68歳シニア

あなたは自分の適正体重(標準体重)を知っているだろうか。このブログを読み始める前に下記のサイトで自分の適正体重を計算してみると良い。

 私も計算してみた。その結果が下記の通りである。

BMIと適正体重

今年の4月中旬から摂取カロリー調整をして筋トレに励んできた。意識したことはカロリー量が高い食べ物を避けて栄養バランスに注意したことである。現在、体重を69キロまで落とすために努力している。やっていることは簡単で朝昼、夜、間食の食事カロリーをモニターしながら1日の目標カロリー以下にすることである。

摂取カロリー調整を始めた時の体重は75キロであった。それを69キロ(6キロ減らす)にする。本来ならば70キロ前後でも良いのだが、朝と夜では1キロの差が出る。ちょっと大食いするとすぐに1キロ以上体重が増える。体重が増えても自然に適正体重に戻るように筋トレで筋肉量を増やしている。

摂取カロリー調整は時間をかけてゆっくり行っている。最終目標の69キロは12月までに達成できれば嬉しい。

私の非常食アルファ米白飯100g1食をリュックに入れて自然災害時の空腹対策

alpha rice

North Faceのデイパックを通勤時に持ってヨコハマの仕事場に出かけている。そのリュックの中には、非常食としてフルーツとマグロの缶詰が入っている。万が一の自然災害時に役に立つと思うからだ。これだけでは、物足りないと思ったので長期保存(5年間)が出来て簡単に食べられるアルファ米白飯を探した。 

異常気象による災害や突然の地震で非常食が注目されている。外出時に災害にあったら、飲み水や食べ物で困る。私は仕事で外出している時が多いのでリュックの中に非常食セットを作って持ち歩いている。時々、仕事の都合で短時間でランチを取る必要がある時などコンビニに行ってお湯をもらう。そのお湯でアルファ米の非常食を食べる。

アルファ米には白米だけでなくわかめごはん・えびピラフ・五目ごはん・ドライカレーなどがあるのでお湯さえあればランチになる。ローリングストックで非常食を消費しながらまた新しい非常食を買う。

アルファ米はお湯か、水で美味しいご飯が食べられる

足が不自由になった時に困らない方法

高齢者が元気よく歩いている姿を多く見る一方で杖を使いながらゆっくりと足を引きずりながら歩く老人も多い。自分の足で動けない人は、車いすを使って動くことになる。外に自分で出られるか、出られないかで精神的な苦痛も違う。自分で動ける道具があれば、普通の生活に近い生活を維持できる。

老いてくれば、どうしようもなく体力が落ちて、自分で行動できる範囲が狭くなる。行きたい所へも行けなくなる。ちょっとしたものを買いに出かける事も大変になる。移動するうえで足は本当に重要だ。足が不自由になったら、段階別に歩行支援の道具を使って足を動かし続ける努力が必須になる。

杖で歩けなくなったら「足こぎ車いす」で足のリハビリが出来るCogy

63歳シニアが身に付けたい生活習慣

定年退職後の生活習慣は健康寿命に影響してくる。通勤生活を送っていれば、自然に午前9時から午後5時の仕事習慣で生活のリズムが出来上がっている。仕事を離れた生活に入ると自分で生活習慣を作らなければならない。自分で作る生活習慣が健康を害する習慣であると短命に終わる。

65歳まで働けるにしても65歳以降同じ問題に直面する。遅かれ早かれ、自分で自分の生活習慣を作り出さねばならない。どんな生活習慣を身に付ければ良いのだろうか。

老後の生活で迷ったら一つ自分自身のプロジェクトを作る

老後の生活は自分で描いた生活ができやすい。誰にも束縛を受けることなく、好きな事をやれる時間が持てる。生活する上で支障が無い年金収入と貯蓄さえあればの話だが。世の中には裕福なシニアが目に見えない所で生活している。テレビのニュースで話題になるオレオレ詐欺事件で1億3000万円も騙し取られた老人がいるほどだ。

賢い老人ほど、お金があることを芸能人のように宣伝しない。一般大衆人のように振る舞う。詐欺事件でお金持ちであったという事が分かる場合が多い。そんな裕福な老人ほど精神的に満たされていない生活をしている。

 老人の特権は自由に使える自分の時間である

働かなくても生きて行ける老人はつまらない時間を過ごしている場合が多い。若い人が働くのはお金を稼いで使う欲求があるからだ。老いて来ると若者たちが求める欲求の殆どが経験済みになる。敢えて若者たちと同じものを求める事はしない。

65歳を過ぎたら年金をもらいながら残された時間を楽しむためのプロジェクトを実行すべきである。老後の生活は普通の生活を維持できる健康と体力があれば、贅沢な生活をする必要は無い。最低食べて行けるだけの経済的な余裕があれば、残された時間を自由に使える。貯めたお金を生きている間に使う楽しみを持つべきである。お金には賞味期限がある。

道路整備の現場で働く80歳過ぎのおじいさん、彼の存在意義は?

自宅から最寄りの駅に行く途中の道が今道路整備をしている。必ず、80歳を越えたおじいさんが立って、こんな事を言っている。「毎度ご迷惑をお掛けしてすいません!」と通りかかる人達に言っている。彼の仕事は、道を使っている人たちへの謝罪である。この行為と仕事は海外で見たことがない日本独特のものではないかと思う。

80歳を越えても仕事をしているおじいさんは素晴らしいと思う。やっている仕事は、人間でなくても良いのではと思うのだが、そんな人が現場にいる、いないで相当印象が違う。 

目的を持って働いているシニアとお金のために働いている高齢者では生き方に違いが出る。それは仕事への満足感である。この仕事が最終的に自分の人生の中でどのような結果をもたらすかを知っているシニアならば仕事に熱が入る。そうではなく、ただ単に生活費を稼ぐ、小遣い稼ぎをするためということであると渋々仕事をして時間を潰している感覚になる。

人生をどう生きるかを一度考えるべきではないか。今、70歳で残りの人生をどうしようかと悩んでいるならば、もう一度社会の中での自分の存在を認識できる「場」に身を置くべきではないか。働ける体力と健康があるならば、それをアルバイトで確認できる。暇を持て余すよりも何か意味あることをやっている方が自分の存在価値を見出だせる。

高齢者の本能的欲求の処理を助けるワーカーが求められる

高齢者の本能的な欲求を助ける介助ワーカーがオーストラリアにいる。オーストラリアでは、売春が合法化されていて高齢化社会の問題を解決するのに役立っている。日本では、売春はグレーな取扱になっているが、社会悪で必要なものであると一般的に認識されている。それは日本の歴史を見れば理解できる。2008年に身体障害者の本能的欲求の問題を解決するサービス「介助サービス」を一般社団法人ホワイトハンズが始めた。

自分で自慰行為が出来ないために本能的欲求を解決できない身体障害者向けのサービスである。健常者向けのサービスではない。身体障害者も健常者同様に本能的欲求がある。健常者は自分で本能的な欲求を処理できるが、身体障害者はそれが出来ない。

要介護の高齢者も介助ヘルパーもその処理で困っているという現実!

シニアになると何か良いことが有るの?

高齢者になると悪い事ばかりが目に付く。髪の毛が白くなる。はげになる。肌が汚くなる。今まで出来た事が出来なくなる。歩く事が辛くなる。体力が落ちてくる。食が細くなる。体が枯れてくるなどなど。書く事が有り過ぎるほど多い。

だけども、シニアになってから良い事も生まれる。遊ぶ時間が増えることである。自分の時間を自分の好みで使える自由である。何歳になったら働くのを辞めるかを決めて生きているうちにやってみたいことをやれる機会が与えられる。

経済的な問題を抱えているシニアは年金プラス月額10万円の収入が得られるパートやアルバイトの仕事を探し、週3日間の労働をベースにした老後の生活を計画できる。老いて働ける時間は限られる。働けるうちに働いて老後の生活費を貯める。

walking

自分の時間を自由に使える年齢になると自然とたわむれることが多くなる。公園に出かけて弁当を食べる。緑の環境で弁当を食べると何故か気持ちが良い。周りの景色を見ながら弁当を食べる。働いているときはそんな時間も余裕もなかった。今は公園巡りをしながら自然を楽しむのが新しい生活のリズムになっている。

老後の生活を楽しむにはシニアであるという特権をうまく利用することである。私達夫婦は横浜に住んでいる。時々、鎌倉に遊びに出かける。平日の鎌倉は観光客が少ないのでゆったりとお寺巡りが出来る。自由になる時間をうまく使うことでメリットを享受できる。

シニアに優しいスーパーマーケットが本当にあるのか疑わしい

シニアにとってのスーパーマーケットは、日々の生活を支える場所だ。特売日には、開店を待っている老夫婦が朝早くから並んでいる。シニア向けに量が考慮された切り分け済みのサラダ用野菜や惣菜が多くなった。5年前からスーパーマーケットは、シニアの消費者を意識した品揃えや商品の棚並べ、そして、配達サービスを提供している。

ただ、人手不足の影響で多くのスーパーがレジ作業をお客様にやって頂く方式(セルフレジ)に変えてきている。70歳以上の老人にとって見慣れぬセルフレジの機械を操作するのはシニアにとって負担が多い。そのためか、お金の支払だけを機械で行う方式が増えてきている。

昼スーパーで見かける多くの高齢者たち、それには理由がある

under sea

高齢化社会を肌で感じたければ、平日昼の時間帯に近くのスーパーマーケットに行ってみると良い。お客のほとんどが高齢者たち、または、中高年の女性たちである。これが当たり前なのだろうかと疑う。朝、スーパーが開店するときに高齢者が多く見かけるのは以前から知っていたが、なぜ、昼の時間帯もなのだろうか?

いくつかの理由は想像できる。暇な時間を有効に使うためにスーパーで朝、昼、晩のおかずを買う。日々の行く場所を買い物が出来るスーパーにしている。自動車を運転できないので買い溜めが出来ない。それで、朝、昼、晩3回の買い出しをする。足を鍛えるための外出先にする。詰まる所、暇をつぶす一つの場所になる。