シニアになると失うもの

シニアになると失うものが自然と増えてくる。収入がなくなる、または、激減する。ある程度の衣食住が満たされるので買うものが少なくなる。友人、知人の数がちょっとづつ減っていく。病気になりやすくなり健康を害する。体力が衰える。失うものをあげたらきりが無いほど生まれてくる。

全てが老いから来る

失うもので何が一番身に応えるだろうか?

一番は、健康だ。健康でいれば、お金も生き甲斐もなんとかなる。老人は、一般的に自分が使える時間が多くなる。多くなるというよりも暇で苦しみだす。

そのため、

健康を害する生活習慣を身に付けてしまう。自宅でボーとしている時間が増える。体を動かす事をしない。生きる意欲が減退する。鬱病になったり、認知症にかかりやすくなったりする。

健康を害し始めると病院通いが始まる。医療費が出ていく。悩みを打ち明けてストレスを発散する身近な友人がいれば良いが、多くは悶々としている。全てが悪影響に繋がる。

健康で普通の生活が出来ていれば、子供たちに心配をかけない。身寄りに負担をかける状態に自分をさせないことが、シニアにとって最も重要な事だ。タダでさえ、老いから来る老化で体の一部が機能低下をもたらす。今まで直ぐに出来た事が出来なくなる。

体の一部機能が低下しても普通の生活が維持できていれば、家族や身近の人たちに迷惑をかけない。自分の存在が身近の人たちに迷惑をかけると言う事が一番辛い。

次に辛い事は、お金の面で困る事だ。自分の生活を経済的に維持できなくなる事だ。年齢も70歳を過ぎれば仕事が出来なくなる可能性が高い。そうなると年金と貯蓄だけで生活をしなければならない。年金が国民年金だけであると生活保護に頼るか、どこかで仕事を見つけて働き続けるしかない。 

体力が衰えた体で仕事を探したり、続けたりするのはシニアにとって辛い。貯蓄があっても取り崩していくだけだ。持病があれば、病院通いで医療費が出ていく。お金がなくなるのは見えている。こうなると、家族や親戚に金銭面の援助を御願いするしかなくなる。これも辛い。 

少なくとも金銭的に問題がなければ、誰もが困っているお金で迷惑は家族に行かない。それだけでも心配の種をなくせる。

最後に自分自身を失う事だ。 

自分の生活のリズムを失うとその影響が精神面にも及ぶ。目的のために足を一歩前に出し続けているシニアは生き生きしている。目的がなく、ただ単に飯を食べて時間が過ぎていくシニアは目が死んでいる。自分の顔を鏡に写して目が輝いているかどうかを見てもらいたい。

シニアの顔は、その人の精神状態を正直に映し出している。その人の人生そのものを映し出している。夢に向かって動いている人の歩き方は、目標に向かってまっすぐ力強く歩いている。向かう先が分かっている歩き方だ。

シニアは失う物が多い。自活が出来なくなると自尊心が崩れ始める。仕事を失う時と同じだ。シニアにとって一番幸せな事は、生活をしている社会で自分の居場所と役割を持てると言う事だ。

失う物が沢山あるが、社会での居場所と役割を見出せる生活が出来れば失う物が多くても精神的に悪影響はない。シニアは、60歳代になってから真剣に自分の役割を見出す生活を探さねばならない。

自分の人生の終着駅をどこにするか。自分が決めた目標に向かって、その夢を達成するために残りの人生を使う。そんな生活が求められる。