品があるシニア女性は顔や着こなしに出る

dignity of lady

品があるシニア女性と言うべきか、老女と言うべきか、お婆さんと言うべきか、品が顔や着こなしに出ている女性を見かける。どんなに美人でも品のある女性には勝てない。お婆さんになればなるほど顔に着こなしにその女性の品が出てくる。顔を見ればその人の人生がどのようなものであったかをシニアであれば想像できる。

人間の顔はその人の人生の累積結果であるからだ。幸福な気持ちで老後を過している方は、その人の顔を見れば微笑みが隠れている。老人の精神状態は、直ぐに顔に出る。特に忍耐力が衰えてきている老人は、隠しきれない。

シニア男性にとって「品がある女性」は年齢を問わず憧れの的だ!

というものは、見て分かるもの体から感じて分かるものとがある。笑顔を絶やさないお婆さんは、美人でなくても笑顔が体全体を包んでいるような印象を与える。品は、女性のファッションにも現われる。特に年老いてきたシニア女性に顕著に出てくる。

お婆さんたちを観察するとファッションを意識している人とそうでない人がハッキリ分かる。髪の毛のスタイルを見ても同じだ。女性は男性に見られている。眺めて良い印象を与える人は、目が自然と行く。年齢を問わず。

品がある女性は自分を演出しない。ありのままの姿を自然体で表現する。その意味では、品は生まれ持ったものかもしれない、または、育てられた環境の果実かもしれない。良い習慣を身に付けた人は、生活にその事実をにじませる。言葉遣い、倫理観、価値観、人生観など。

品は全人格を表現する。一緒にいるだけで品の良さが周りの人を良い気分にさせる。

お金に囚われた生活をしている女性は、お金がその人の品を作ってしまう。人生はお金だけではないという世界を知らない女性になるからだ。歳を取れば取るほどお金では買えないモノが増えてくる。品はお金で買えない。教養がなくても品を感じる女性がいる。頭で考えて判断するのではなく、体で感じて、心で感じてその人の品を判断する。

私たち人間には、生まれつき「品」を見分ける感覚があるのでは無いか。

「品」がある女性は男性を良い気分にさせる。一緒にいるだけで良い気分になるからだ。不思議な力だ。その人を見ているだけで心が和む。品は、若い人よりも年老いた人に顕著に出る

横浜の街中を歩いているシニア女性を眺めると品がある、ない、の白黒がハッキリ見える。高島屋デパートの入り口で開店時間を待っているシニア女性を眺めるだけで品のある女性を直ぐに見つけられる。シニアの女性は男性に見られている。品を見られているのだ。

「品」という視点で人間を観察すると男性にとって女性の品定めがやりやすい。若い男性に「品」を理解できるか分からないが、分かる人ならば、将来の結婚相手を「品」で判断すべきだろう。

いつも通っているスターバックスのカフェで30歳代後半の美人に出会う。顔かたちを見るとハーフのような容貌でスタイルも着こなしも良い。

ただ、

「品」という視点でこの美人を見ると表面だけの美に囚われやすい。美人だが心が届かないといった感じだ。オシャレは上手いが、一緒にいて楽しいかどうか。良い気分になるかどうか。心が和むかどうかだ。 

自分の人生を前向きに捕らえて楽しく生きようとしているシニア女性はそれが体全体から出ている。それはその人の「品」の要素の一部だろう。