世間の老後イメージと比較しない自分だけの老後ライフ

インターネットのニュース記事を見ると老後に必要な金融資産額は、3000万円から1億円と書いてある。記事に引き込むキャッチとしては、優れているが現実の老人の生活とはかけ離れている。理想をただ提示しているだけだ。こんな内容に影響されないようにしてほしい。書いている人は、理想を書いている。それだけを知ってほしい。不安がることはない。

この世の中には、人口の数だけ違った世界がある。一人一人が住んでいる世界は、他の人の世界と同じではない。皆、違っている。自分が住む世界の中で自分だけの老後ライフを考えるのが良い。何処にも所属する組織がない老後の生活は、自分一人の生活と同じだ。今までは、会社というベースで違った人たちと同じ価値を共有してきた。その会社というベースがなくなったら、自分の価値観が通用する世界で生きるしかない。

組織を離れたシニアは、自分の世界を時間をかけて構築していく運命だ。

自分だけの世界を作り出す

会社を飛び出して起業した人の世界は、自分だけの世界である。彼らは自分で自分が住む世界を作らざるをえない運命だ。この運命は、定年退職後に羅針盤を失ったシニアと類似だ。違うのは、起業しているか、していないかだけだ。

自分だけの老後ライフは、自分の価値観で作り出していく。好きなことを追求する生活を続けていると自然と自分の価値観が生きる世界が作られる。自分がやっていることに上司や先輩、同僚がとやかく言わない。自分が作り出す世界は、自分しか住んでいないからだ。

私が作り出した老後の世界はこんな世界だ!

起業してビジネスをしている私(シニア)の生活は、時間と場所に制約されない。インターネットに接続できる場所であれば、どこでも仕事ができるのが私の世界だ。平日は、通常の会社員と同じように朝9時から午後5時までの労働をする。通勤電車に乗りながら仕事場にしているスタバのカフェに向かう。スタバで朝のドリップコーヒーを買っていつもの席でパソコンを開きインターネットに接続する。ここから私の仕事が始まる。

届いたメールを見て重要なメールだけを読む。今日のニュースを眺めながら興味がある記事だけを流し読みする。フェイスブックを開いて友人、知人たちが投稿しているコンテンツを読む。これで30分ぐらいが過ぎる。ここから本当の仕事が始まる。仕事は、12時まで続き、12時から1時間30分ぐらいの休み時間にランチをスタバを出て好みのレストランで取る。

椅子に座って仕事をするのが多いのでランチ時間はできるだけ歩く。足の血の巡りを良くしないと健康に悪いからだ。

午後2時頃にまた別のスタバで仕事を再開する。午後5時から7時頃まで仕事は続く。私の仕事は、クライアントから依頼されたサイト構築、サイト保守、トラブルシューティングなどだが常にそのような仕事があるわけではない。そのため、独自構築したメディアサイトで情報発信をしている。読者に有益な情報を発信することでサイトに読者を呼び込む。集客できるメディアサイトを作り出している。

カフェで仕事する時は、(1)全席禁煙のカフェ、(2)首と肩が疲れないテーブルの高さがあるカフェ、(3)トイレが店内にあるカフェ、(4)コーヒーがまずくないカフェ、(5)子供、赤ん坊を連れた若い主婦グループがやってこないカフェをチェックして選んでいる。最悪なカフェは、暇な若い主婦たちがワイワイガヤガヤで大声でおしゃべりをしているカフェだ。おしゃべりに夢中になって周りのお客の都合を忘れてしまっている。

遅くとも午後7時頃には仕事場をあとにする。帰宅するのは夜の8時頃になる。仕事があるシニアは、私と類似の生活パターンではないか。違うのは、仕事内容と仕事場だろう。

私の世界は、自分が始めた仕事で構築されている。いつも、一人で仕事をしている。一匹狼的な生活が性格にあっているためかもしれない。平日と週末の生活は違う。毎土曜日の午前か、午後は、自宅近くの地区スポーツセンターにあるジムで筋トレをしている。2時間ぐらい筋肉を鍛えている。その後は、スタバでコーヒーを飲みながらブログを書く。

日曜日は、夫婦で外出する。ウォーキング中心のドライブ外出である。神奈川県にある観光スポットを夫婦で歩いて回るのが日曜日の過ごし方である。歩きながら家内と色々なことの話をする。ランチは必ず外出先でする。お弁当を買って公園で食べたり、おしゃれなフレンチレストランで食事をしたり、その時の都合で決めている。

老後は、自分たちの都合を最優先にしたライフスタイルが作れる。

この記事「世間の老後イメージと比較しない自分だけの老後ライフ」のポイントは、

  • この世の中には、人口の数だけ違った世界がある
  • 組織を離れたシニアは、自分の世界を時間をかけて構築していく運命
  • 自分だけの老後ライフは、自分の価値観で作り出していく