定年退職後の見取り図がない人生

私たちは、生まれてから働き始めるまで世間が人生の見取り図を教えてくれる。どのような人生を送るかの選択肢が年齢の節目節目で提供される。学校を卒業するときが典型的だ。中卒で働くことを決める人。高校、専修学校、短大、大学を卒業する時に社会人となり働き始める人。そんな見取り図がある程度見えている。すべて世間が教えてくれる。

だが、

定年退職後の人生は、誰も人生の見取り図を教えてくれない!面白いものだ。

定点退職前に自分で独立を決めていない会社員は、定年退職後に自分の身の振り方と生活スタイルを決めることになる。世間は、65歳まで働けるよと言っているが、誰もが働けるわけではない。65歳の後は、何も教えてくれない。自分自身で後は決めろということである。

自分の人生を自分の判断で決めてこなかった会社員は、この時初めて自分の人生について考えさせられる。

見取り図がある人は残された人生を楽しめる!

私のような自営業者は、仕事中心に余生を考えることができる。死ぬまで働けるならば、稼いだお金で贅沢ができる可能性が高い。年金だけの生活をしている老人は、お金を増やすよりも減らす守りの生活に入ってしまう。クリエイティブな考え方がある老人は、お金がなくても人生を楽しむ方法を思いつく。そんな老人は、自分が作った見取り図を持っている。

 「私の余生は、こんな事をして楽しむ!」というイメージを持っている。

一番つまらない余生は、自分の見取り図がなく年金だけで生活を送る老人だ。「ハレとケ」をうまく楽しめれば、余生も面白いのだが、お金が先に出る。年金と貯蓄だけで生活する老後は、ある意味でお金といつも相談することになる。

私の老後の人生は、毎月キャッシュフローが続く人生にしたいと考えている。お金のことを心配しない生活は、毎月お金が入ってくる生活だ。自分たち夫婦の生活で不自由をしない生活費さえ用意できればお金で心配することがない。こんな環境を作り出すと余生を楽しむことが考えやすくなる。

老人は老いるごとに弱者になっていく。弱者になると何かあるたびに出費がかさむことになる。医療費や介護費だ。お金が十分無いために不自由な老後生活が生まれる。精神的に楽観できる性格がある老人は幸せだ。多くの老人たちは、マイナス思考になりやすい。 

自分の人生の見取り図を今からイメージしておくと自然にそのイメージに近い生活がやってくる。自分でその方向に足を向けるようになるからだ。ナポレオンヒルが「思考は現実化する」と言っている事と同じだ。 誰かがそうさせているのではなく、自分がそうさせているのだ。その原動力が自分の人生の見取り図だ。

人生を楽しむには、私はこんな事で人生を楽しみたいという欲望がなければならない。その欲望が自分の人生の見取り図そのものだ。余生は、自分が求める生活を叶えるためにある。それが無いければ、ただ、死を待つだけである。

手元に大金がなくても自分の欲望をイメージできる。そのイメージを追い求める行動さえ開始すれば、後は諦めないでやり続ける事で余生は楽しくなる。自分の欲望を満たすために色々なことを考え、試行錯誤する機会が与えられる。その過程に幸せが生まれる。新しい出会いがあり、驚きがあり、喜怒哀楽が生まれる。 

そんな余生を送りたいシニアは、定年退職後に自分の人生の見取り図を考え始め、イメージ化することだ。

この記事「定年退職後の見取り図がない人生」のポイントは、

  • 老後の生活を世間は教えてくれない。自分で考えて!というだけだ。
  • 65歳まで働けると言われても現実はその人の求め方で変わる。65歳後はどうするという問題に直面する。
  • 余生を楽しみたかったら、こんな生活をしたいという欲望をイメージ化すること枝。