なぜ、既存メディアの情報を鵜呑みにすべきではないのか?

 

シニア世代(60歳以上)は、情報の入手を既存メディアに頼っている傾向が高い。テレビ、新聞、ラジオなどは、今も情報入手のコア媒体であるが、若者層はこのコア媒体に依存しないインターネット情報媒体で双方向の情報をリアルタイムで入手する傾向が増えている。

一方通行のメディアであると本当に知りたい情報を双方向で入手できない。そのため、情報の本当の姿を確認できずに独り歩きしてしまう。

政府は都合の良い情報だけを一方通行で国民に伝える!情報は疑って読むのが必須だ!

新聞記事を読むときに記事の執筆者名が書かれている場合がある。多くは、記事の執筆者名がない。執筆者名がない記事は内容に責任が持てないという意味なのだろうか。情報が第三者から提供された内容だからだろうか。いつも、疑問に思う。

新聞、テレビ、ラジオなどは、一般大衆に根付いている情報発信媒体であるので大衆は一番身近に感じている。それ故に発信された情報を疑わずに鵜呑みにする傾向が強い。

例えば、リオでオリンピック2016が開催されているときである。既存メディアが報道するオリンピック情報は、日本選手が活躍している場面だけに集中している。本当は、オリンピック競技の全体像を情報として提供してほしいのだが、新聞、テレビ、ラジオの枠に制約があるためそれが出来ないのかもしれない。

沢山ある情報を特定のフィルター経由で提供することで意図している結果を生み出そうとしている。全体像から日本選手の活躍が見えると客観的に日本のメダル取得や状況がわかるようになる。一部日本選手だけを大きく取り上げて日本はすごい!という印象付けようとするが、全体像から見る日本の活躍は凸凹が多い。

これが政府から提供される記事内容になると客観的に判断できる情報が含まれていない。政府にとって都合の良い内容に絞られている。民間の既存メディアは、自社のビジネスに悪影響になる情報は極力避ける。当然、政府の情報内容も書けないものが多い。事実をオープンに報道できない既存メディアの限界がある。 

インターネットが広まってソーシャルメディアが広がると個人がつかんだ本当の情報(リアルタイムで発生している情報)が写真や映像と一緒に分かるようになる。災害時には、現地で災害を受けている個人が現状を多くの人たちに伝えられる。既存メディアが出来ないことをソーシャルメディアがやっている。

ソーシャルメディアは、双方向の情報送受信メディアである。

国内外を問わず生の情報が一度にたくさんの受信者に届く。政府が隠そうとしている情報も個人が入手すれば、ソーシャルメディア経由で真実が伝えられる。私は、日常生活で受け取る情報を新聞やテレビで入手するがウエブやソーシャルメディアを使って海外のメディアが報道する日本についての記事を読んでいる。

国内メディアは、発信する内容に制約がある。海外メディアは、国が違うため国内メディアの制約が及ばない。情報は多面的に取得して書かれた記事を疑いの眼で読む。

第二次世界大戦時に一般大衆メディアは、政府が先導する方向の記事だけを流した。現実が見えない、判断できない記事だ。今は、個人が情報発信源になれる。第二次世界大戦のような情報の先導は難しいかもしれない。情報を発信できる通信チャネルが多くなり、企業から個人にメディアコントロール権が渡されている。

個人でも情報のポータルサイトを運営できる。昔は、法人企業だけが情報のポータルサイトを構築・運営できていたが、今は個人でも簡単に低コストで情報ポータルサイトを構築、運営できるようになっている。

情報発信に個人が加わることで情報が氾濫している。情報の信ぴょう性が問われる時代になった。あの情報ソースは信頼できる、その雑誌の掲載する記事は嘘が多いとか。見出しのコピーと記事内容が一致しない日刊の新聞も多い。自分で情報の信ぴょう性を判断できる物差しがほしい。

自分に降りかかってくる多くの情報を「信ぴょう性という物差し」で事実を見極めるには、普段から国内外の民間企業、団体メディア、個人情報サイト、ソーシャルメディアなどから情報を入手して多面的に情報を分析できるチャネルを持つことだ。

入ってきた情報は鵜吞みにしない!本当にそうなのか、他のメディアはどのように報道しているのか、個人の情報発信サイトやソーシャルメディアはどう反応しているのかを探る習慣が必要だ。