妻は料理を作り、夫は皿を洗う!それが夫婦。違うかなあ。

子供たちが独立して巣立っていった。その頃から私は食後に食器を洗うようになった。夫婦二人の生活が始まった。ちょうど、会社を卒業して独立していた。仕事をする時間は自分で自由自在にコントロールが出来ていた。老後は、新婚生活と類似の環境が出来上がる。二人で助け合いながら死別するまでの残りの人生を楽しむ。

私の世代は、妻は専業主婦。夫は、会社べったり。分業が家庭で確立していた。子育ても母親が大部分を担う。それがその時代の当たり前的な雰囲気であった。私の長男が結婚し、子供が出来た。時代は、育児パパが当たり前のようだ。夫婦も共稼ぎだ。それが当たり前な雰囲気が社会にある。女性は、専業主婦になるのが夢と言われる。

今思い出せば、私は家内に家庭を任せっ放しであった。

また、新婚時代の夫婦二人の生活が始まっている。

夫婦はともに助け合う。お互いを思い合いながら、見えない愛情を育みながら。

子どもたちが独立してやっと夫婦二人の生活が何十年ぶりに生まれた。定年退職を迎えたシニアが多いと思う。定年退職後のシニア男性は、会社を離れた途端に家庭内の分業が成り立たなくなっている事に気が付く。会社に雇用される立場の会社員は、生涯現役を貫くことができない。必ず、年齢制限で社会から放り出される。

そんな時、家内の存在が大きく感じ始める。家内は専業主婦の仕事をプロとしてしっかりやり続けている。同じことは私にはできないと思うシニア男性が多い。自宅での生活が中心になるとどこに何があるかが分からない。洗濯機の操作もマニュアルを見ないと分からない。家の中で知らないことが多くあることに気が付く。

自宅は妻の城になっている。妻に聞かないとどこに何があるのか分からない。エコノミックアニマルとして世界中を駆け回っていた私は、自宅で「迷える子羊」になっている。それだけ家庭を置き去りにして来たという事だ!こんな感じ方は多分私だけではないだろう。

長年料理を作り続けている家内

1日3食の料理は家内の独壇場である。今までは、妻は料理を作る人、私は料理を食べる人であった。現在は、妻は料理を作る人、私は食後の食器を洗う人になっている。

時々、妻が実家に宿泊して介護支援をする。そんな時は、自分で料理の真似事をする。ご飯を電気炊飯器で炊いて、レトルトのカレーをお湯で5分ほど温め、目玉焼きを作り夕食作りが終わる。私ができる料理はこんな程度だ。生涯現役で自営業を続けたいが、ある時点で料理を独学で学ぶ必要が出てくるだろう。

数十年間料理を作ってきてくれた家内には到底かなわない。料理を準備するだけでも1時間ぐらいはかかるだろう。料理の献立を考えて必要な食材を買う必要がある。健康管理も考えながら健康に良いバランスが取れた献立を考えて料理をしてくれる妻である。週2回スポーツジムで筋トレをする私の体を考えて、筋トレ日の夕食はタンパク質が多い肉料理と多めの野菜料理を作ってくれる。

見えていない愛情が料理に出てきている。

妻の料理作りへの感謝のしるし

妻の見えない愛情に私なりの見えない愛情で返答する。料理を作った後と食後は、戦場の後のように散らかっている。料理の品数が多いと使う皿も多くなる。私が出来ることは、戦場の跡を綺麗にしてあげることだ。今では、後片付けの要領がうまくなった。大きな鍋や容器から先に洗って片付けていく。

コップに箸やスプーン類を入れてお皿類を洗浄しやすくする。大きな皿を先に洗ってから小さな皿や茶碗を洗う。食後の後片付けは、平日の夕食だけだが週末は朝、昼、晩の3食の皿洗いもしている。

もう、夕食の皿洗いは私の仕事になっている。妻が料理を作り、二人で料理を楽しみ、後片付けは私が行う。二人で負担を分けることで見えない愛情を分かち合える。

プレゼントではなく「見えない愛情」を行動で示す

愛情の表現には色々な形と方法がある。お金で妻の喜ぶバックをプレゼントすれば、それも愛情表現だ。私は敢えてプレゼントで「見えない愛情」をお返ししない事にした。「見えない愛情」は、「見えない愛情」でお返しすべきだと感じたからだ。

妻の家事の負担を代わりに担う労働をしてあげることだ。当然、私で代行が出来る家事とできない家事がある。週1回の念入りな掃除、新聞ゴミのまとめとゴミ場への運び、お風呂場のカビ取り、妻が負担と思う事で私が出来る事を手伝ってあげる。妻を思う気持ちが心の中にあると自然と「見えない愛情」が行動として生まれてくる。

老いて行く夫婦の老後は、本当に助け合いである。弱体化する肉体と免疫力低下で老人の体は問題だらけになる。二人で助け合いながら普通の生活が出来るようにする。

この記事「妻は料理を作り、夫は皿を洗う!それが夫婦。違うかなあ。」のポイントは、

  • 子供たちが独立して巣立っていった。その頃から私は食後に食器を洗うようになった。夫婦二人の生活が始まった。
  • エコノミックアニマルとして世界中を駆け回っていた私は、自宅で「迷える子羊」になっている。それだけ家庭を置き去りにして来たという事だ!こんな感じ方は多分私だけではないだろう。
  • 妻を思う気持ちが心の中にあると自然と「見えない愛情」が行動として生まれてくる。