私たちは生まれてから働き始めるまで世間が人生の見取り図を教えてくれる。どのような人生を送るかの選択肢が年齢の節目節目で提供される。学校を卒業するときが典型的だ。中卒で働くことを決める人。高校、専修学校、短大、大学を卒業する時に社会人となり働き始める人。そんな見取り図がある程度見えている。すべて世間が教えてくれる。
だが、定年退職後の人生は、誰も人生の見取り図を教えてくれない!面白いものだ。
定年退職前に自分で独立を決めていない会社員は定年退職後に自分の身の振り方と生活スタイルを決めることになる。世間は65歳まで働けるよと言っているが、誰もが働けるわけではない。65歳の後はどのような人生を送るべか世間は何も教えてくれない。自分自身で後の事は決めろということである。
自分の人生を自分の見取り図で決めてこなかった会社員はこの時初めて自分の人生について考えさせられる。
一人旅に出る状況と同じである。何処に行こうか。何をしようか。目的や目標がないと行き先が決まらない。お金があっても、暇な時間があってもやりたいことが明確でないと何も起きない。
人間は面白いもので「欲望」で動く。今年70歳になった私であるが、欲望がある。大きな欲望ではなく、小さい欲望である。手持ちのお金ですぐに買える物であるのだが、買うことを躊躇している。米国アマゾンでしか販売されていない衣類である。円安なため価格が割高になって、輸送料金も上がっている。もう少し、円高になったら買おうと思いながら製品ページを眺めている。
人生も同じように欲望によってどのようなアクションを取れば良いかが見えてくる。第二の人生キャリアを見つけるために自分の足元を見ることである。これからの10年間、何をしていたら楽しい、嬉しい?と思ってみる。何かをやりたいという欲望が見えるはず。その欲望を追い求めてみる行動を起こせば、次に何をすれば良いかが見えてくる。
自分の欲望を明確にしてそれを得る方法を計画してみることである。
目次
定年後の見取り図は自分で決める
私のような自営業者は仕事中心に余生を考えることができる。死ぬまで働けるならば、稼いだお金で贅沢ができる可能性が高い。年金だけの生活をしている老人はお金を増やすよりも減らさない守りの生活に入ってしまう。クリエイティブな考え方がある老人はお金がなくても人生を楽しむ方法を思いつく。そんな老人は自分が作った見取り図を持っている。
「私の余生はこんな事をして楽しむ!」というイメージを持つ事
一番つまらない余生は自分の見取り図がなく年金だけで生活を送る老人である。「ハレとケ」をうまく使い分ければ余生も面白いのだが、お金が先に出る。年金と貯蓄だけで生活する老後はある意味でお金といつも相談することになる。
私の老後の人生は毎月キャッシュフローが続く人生にしたいと考えている。お金のことを心配しない生活は毎月お金が入ってくる生活になる。自分たち夫婦の生活で不自由をしない生活費さえ用意できればお金で心配することはない。こんな環境を作り出すと余生を楽しむことがイメージしやすくなる。
老人は時間が過ぎる毎に弱者になっていく。弱者になると何かあるたびに出費がかさむことになる。医療費や介護費である。お金が十分無いために不自由な老後生活が生まれる。精神的に楽観できる性格がある老人は幸せである。多くの老人たちはマイナス思考になりやすい。 本来ならばプラス思考で余生を楽しむことを考えるべきなのだがどうしてもお金の心配が先に来てしまう。
自分の人生の見取り図を今からイメージしておくと自然にそのイメージに近い生活がやってくる。自分でその方向に足を向けるようになるからだ。ナポレオンヒルが「思考は現実化する」と言っている事と同じである。 誰かがそうさせているのではなく、自分がそうさせている。その原動力が自分の人生の見取り図になる。
こんな事で人生を楽しみたいという欲望を持つ事
人生を楽しむにはこんな事で人生を楽しみたいという欲望を強く抱く必要がある。その欲望が自分の余生の見取り図の出発点になる。余生は自分が求める生活を叶えるためにある。それが無ければ、ただ、死を待つだけ。
手元に大金がなくても自分の欲望をイメージできる。そのイメージを追い求める行動さえ開始すれば、後は諦めないでやり続ける事で余生を楽しくさせる。自分の欲望を満たすために色々なことを考えて試行錯誤する。その過程に充実感という幸せが生まれてる。新しい出会いがあり、驚きがあり、喜怒哀楽の感情を楽しめる。
70歳になった私はお金を稼ぐ方法で試行錯誤をしている。ビジネスは株価と同じで良かったり、悪かったりする。それを上手くコントロールできないために苦しむ。でも、その苦しみは目的や欲望を達成するための苦しみである。何かを叶えたいという欲望と目的があると時間が有効に使える。暇つぶしの時間にならない。
シニアの欲望、これからの人生の見取り図
還暦を過ぎて定年退職をする65歳を迎えると会社から束縛されない「自由」を得る。そんなシニアが求めることはどんな事だろうか。
- 退職金で行きたい場所に行く、旅行をしたい
- 趣味にお金と時間を使う
- 健康維持のためにスポーツジム会員になる
- 働き続けたいから再就職、派遣社員、アルバイト・パートの仕事をする
- 贅沢な食事をしたい
- 子供の頃の夢を実現させたい
- 社会貢献活動をしたい
- シニア起業に挑戦したい
- 大学に入学して学び直したい
- 一人で全国を歩き回りたい
何らかの欲望があれば、それがこれからの人生の見取り図を描く出発点になる。まだ経験したことがないことを体験すると感動が起きる。新しい事を見つける楽しみが生まれる。プラスに感じる体験をすると新しい欲望が生まれてくる。欲望が欲望を生む。
自分がやりたいことを想像してみる
想像は無料である。何でも想像できる。自分の欲求を具現化したイメージを想像してみる。今、何がほしいのか。何をやりたいのか。定年退職は会社員であれば誰もが通過する門である。65歳で定年した方は10年先の自分の姿を想像してみる。75歳になった自分は何をしていたいのか。
欲望という視点で考えてみる。今の日本は元気な高齢者が増えている。75歳まで働いていたいという欲望、70歳から年金生活を送って世間のしがらみから逃れたいという欲望、若返りたいという欲望、再婚したいという欲望、自分の夢を実現したいという欲望。どんな欲望であるにしろ、その欲望を満たす生活をしてみてはどうか。
自分の第二の人生はその試行錯誤の中から生まれてくると私は思っている。何にもしないで時間の流れに乗っかった生活では何も起きない。起きることは年々老人になっていくという事である。
昨夜、妻がこんな事を言った。この秋に東北までドライブ旅行をしたい。ゆっくりとドライブしながら疲れたら途中にあるホテルに宿泊し、1週間ぐらいかけて東北を旅したいと。その声を聞いて、私はすぐに賛同した。思ったことを直ぐに実行に移さないと二度とそのチャンスは来ないと思ったからである。
私達シニアには月日が過ぎる毎に命がすり減っていく運命にある。思ったことをすぐに実行しないとその時が来ないということを肌で感じている。
結論
- 老後の生活を世間は教えてくれない。自分の欲望を上手く使って見取り図を作ることである
- 余生を楽しみたかったら、こんな生活をしたいという欲望をイメージ化して試行錯誤を繰り返す
- 何らかの欲望があれば、それがこれからの人生の見取り図を描く出発点になる