残りの人生を楽しむには未知の体験をする、どんな事か?

最近、知人が新しいシニアビジネスを仲間と始めるという。この話をしてくれたときに知人の顔と目は、いつもの彼では無かった。真剣なまなざしと目標を見つけたという顔であった。今までに無い表情に私は驚いた。 

人は変わる! 新しい事に挑戦しようとすると眼差しが輝き始める。残りの人生には何か目標があると面白くなる。新しい経験などをすると今まで見えていなかった世界が見えだす。

彼は65歳まで会社員をしていた。今回初めて起業をした。新しい人生の門出に起業を選択した。起業すると自分が動くと周りも反応する。反応が起きるたびに新しい経験をする。会社員では味わえない経験である。売上が初めてあるとお金のありがたみを肌で感じる。ビジネスを広げようとすればするほど未知の体験をする。それが残りの人生を楽しませる。

65歳、起業か、再就職か?

65歳になって勤めている会社から雇止めになったシニアは、今、何を感じているだろうか。

65歳になって自分のビジネスを展開しているシニアは、今の状態をどう感じているのだろか。それぞれ違った感じ方をしている事は確かである。私自身は、63歳で自営業をしているので雇用されている人の境遇ではない。65歳と言う年齢は、雇止めを食らったシニアにとって人生の節目になる。

起業している65歳にとっては特別に何も変化はない。今までと同じ仕事を継続するだけだ。人生の節目は起業した時に味わっている。

シニアが仕事を探すときに求められることは何か?

昔の私は美しかった。おばあさんになった女性はこう思っているはずだ。お爺さんも同様に若い頃の自分は体力があったと。60歳を過ぎて新しい働き場を探そうと動くのだが、どの会社も健康と体力について聞いてくる。

もし年齢が65歳を過ぎていたら、自分の何をアピールしたら職探しで有利になるのだろうか。再雇用で65歳まで元の会社で働いてきたが、65歳になったらお払い箱になったというシニアが溢れている。年金受給の年齢になり、1年ぐらい体を自由にさせて考えようと思うのが自然なのだが、私はオススメしない。

1年間目的のない生活を送るとビジネス感覚がどんどん失われていく。業界情報も古くなり、最新のトレンドから遠のく。現役時代に触れていた情報が自動的に入ってこない生活になると時代に取り残されていく。もし、1年間を第二のキャリア作りに使うならばそれなりの成果を生む。

シニアの職探しは考えているほど楽ではない。

老後に必要なお金を稼ぐにはどのような経験が必要なのか?

65歳になったら会社を卒業する。卒業と同時に労働での収入が無くなり年金に頼る生活になる。そんなイメージを信じて老後の生活に不安を抱いているシニア夫婦が多い。

でも、

65歳はまだ若い。少なくともあと5年間は、普通に働ける体と気力があるはず。老後の収入源が年金だけになるという事に不安を持つならば、働き続けて月々の収入を得るしかない。毎月のキャッシュフローさえ維持できれば、老後の生活不安はやってこない。出来るだけ長く働き続けてお金が入るようにする仕組みを作りあげる。

自分に頼る生活は勇気がいるが、65歳を過ぎると誰も雇用してくれないので自分で小さなビジネスを始めるしかない。やる、やらないの決断で余生の生活が充実する、しないの結果をもたらす。

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誕生日を迎えるシニアが感じ期待することは何か?

65歳の誕生日を迎えて65歳という歳が信じられない。還暦を迎えてからもう5年が経過してしまった。肉体は筋トレで鍛えているが、肉体としての内臓機能は劣化している。持病の緑内障は、少しづつ視野を狭くしていっているのが分かる。視野を失うのが先か、他界するのが先かの競争である。

子供と違って私の誕生日を祝ってくれるのは最愛の妻である。別に誕生日プレゼントをいただけるわけでもない。家内からのプレゼントは、私が大好きな家内のカレーライスを夕食時に作ってくれることだ。お腹を好きな食事で満腹にするだけで幸せになる。

欲しいものは、昨年の11月に自分で購入したHP製Chromebookであった。今、このブログを書くのに使っている。今の所、物欲はない。足りている。老人にとって、高齢者にとって、シニアにとって、歳を1歳食う事をどう感じているのだろうか。

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なぜ女性は老いてくると都会の生活を求めるのか?

65歳になって気付く事がある。横浜に出勤する途中に道路沿いの公園がある。朝の道路はマイカー通勤で自動車が忙しく走って騒がしい。その騒がしさが嫌でいつも公園の中を通って道路沿いの道を避ける。公園の中は、静かだ。自分が歩く足跡が聞こえる。心が落ち着く。

自然の中で過ごす生活

体が肩コリ、背中のコリ、首のコリ、腰のコリで調子が良くない。そんな状態であると、なぜか、ちょっとした刺激に耐えられなくなる感じがする。耐えられない感じは、体のコリから来ているのか、体の老化から来ているのか、分からない。

若い頃は、道路の騒音などあまり気にしていなかった。還暦を過ぎた体は、知らないうちに外部からの刺激に対する忍耐力を低下させている。老後の生活は静かな自然の中で過ごしたいと私は思っているのだが、妻は刺激がある都会の生活を望んでいる。

個人差はあるが、妻の友人たちは郊外から都内に移り住んでいる。一軒家を売却して都内にマンションを購入し電車で直ぐに行ける繁華街を楽しんでいるという。女性と男性では老後の生活で求めるものが変わってくるのだろうか。

なぜ、同年代だけの会話は自分の世界を狭めるのか?

過去の自分を振り返ってみるといつも年齢層が類似の人たちと会話をしている。若い人たちとの会話は、若い人たちがいるグループに自分が入って行かないとできていない。同様に自分の歳以上のシニアとの会話も同様だ。当たり前かもしれないが、会話をする相手が限定されると住む世界が狭くなる感じだ!

生きた情報やトレンドは人から伝わる。年老いてくると会話をする相手が同年代に限定されてくる。新しい時代と流行を作る若い人たちとの接点が少なくなり若者たちの価値観や人生観が読み取れなくなる。シニアは若者から若さと新しい生き方を学ぶ。どのようにしたら、違う年代の人達と触れ合う生活ができるのだろうか。

65歳、今を楽しく生きるにはどうしたら良いか?

長生きが出来れば良いのか、短命でも充実した人生であったと思えば良いのか、自分の人生で幸せを感じれば、それで良いのだろうか?

65年間の人生を振り返ってみると夢を追う生活に追われていた。何かに迷って立ち止まっていた時はない。無駄な時間を過ごしたというブランクな期間はなかった。年金をもらい始めると食べて行く上での切迫感は消えて行く。今の個人事業も年齢とともに消えて行くのが予測できる。

65歳は、20歳代、30歳代、40歳代の人から見るとシニア、高齢者、老人の分類に入る。若くない。私自身、鏡に映る私の顔を見て年寄りになったと感じる。同世代の人間は、ちょっとづつ、寿命と運命で他界して行っている。70歳から80歳にかけて他界して行くシニアが多くなる。

自分の寿命は分からない。その時にならないと。そんなことを考えると「今を楽しく生きるにはどうしたら良いか?」を考えざるを得ない。

65歳から人生を楽しむにはどうしたら良いか?

私は単純なシニア男性だ。複雑な精神構造を持っていない。何事もストレートで物事を考える。だから、私の人生の楽しみ方も単純である。

こんな事で65歳の人生を楽しんでいる: 

  • 自分の手(スキル)でお金を稼いでいる
  • 自分がボスで仕事をしている
  • 仕事が時間と場所で制約されない
  • Chromebookでブログを書いているのが楽しい
  • 年に2回か、3回家内と一緒にドライブ旅行に出かけて非日常の生活をする
  • 週2回の筋トレをして筋肉貯金をしている;たくさん筋肉貯金がたまった!
  • Chromebookの最新機種を追いかけているのが楽しい
  • 月1回家内の家庭カレーライスが極上の味
  • 駅の階段を一段飛びで上がるのが新鮮な挑戦になる
  • NetflixでScience Fictionドラマ(Star Trek)や映画を好きなだけ見る

老後の人生の楽しみ方は人それぞれだ、誰かの真似をしても良いし、Going My Wayを探しても良い。短く生きても長く生きても終着駅は同じだ。焦ることはない。お金がなくても、あっても与えられた時間の使い方次第で人生の味が変わる。

お金を稼いで使う。お金と良い関係を作り、お金を上手くコントロールする。お金の魔力に負けないでお金を下僕にする。お金を使うことで楽しい時間を過ごせるのならば、良い使い方だ。一番つまらない事は、お金を稼いで貯めているだけの人の人生だ。お金は人生を楽しむためにある。上手く使わないと後悔する。

65歳シニア:人生の楽しみ方

シニアの人生は健康次第とは?

生きがいや人生の目標があって動いていても健康を害したら、がらりと人生が変る人が多い。これは、どうしようもないと私は思う。シニアにとって「健康的な生活」が出来るという事が残りの人生を左右する。

志半ばで人生を終わる。健康維持が何よりも優先する。何かを成し遂げたいと思う人ほどそうだ。余生を楽しみたいと思っているシニアは多いが、老いれば老いるほど健康ほど大切なものはないと痛感する。