街中をよろよろ歩いている老人の姿は将来の自分だ!

今63歳の私は20年後には83歳になる。83歳の私の姿は、街中で目にしている80歳代の老人と類似しているだろう。80歳代の老人にしても個人差が大きい。杖をついてよろよろと歩いている老人。力強く大幅で元気よく歩いている老人。背中を丸くして枯れている木のように歩いている老人。歳を取れば取るほど老人の姿の違いが極端になる。

63歳の私が求める理想像は、足腰がしっかりして姿勢がよく筋肉が体に出ている姿だ。80歳代になっても筋肉の鎧で体を維持している姿だ。

ただ、一つだけどうにもならないことがある。 

緑内障による視野の欠損だ。63歳の時点で右目上半分の視野を失っている。その上、左目の右上隅も失い始めている。後、20年すれば私の視野はもっと悪くなることは確かだ。43歳の時の視野は、緑内障になっているという自覚があるか、ないかぐらいの視野欠損であった。20年後は、視野欠損がだいぶ進んでいることに気がつく。

20年後にどれだけ緑内障を改善する治療方法が生まれていくるかだ。これに頼るしかないのだが、年齢が年齢だ。80歳過ぎの老人に何を期待できるだろうか。私が今できることは、鍛えれば鍛えるほどその期待に答えてくれる体の筋肉だ。

筋肉を鍛えると体全体の健康も改善してくれるメリットが有る!実感済みだ!

赤ちゃんの顔を見つめる事が多くなった63歳のシニア

ベビーカーを押しながら道を通り過ぎる若いお母さん。スタバにやってくる若い母親と赤ちゃん。横浜の地下街を歩いていると自然と赤ちゃんを抱いたお母さんに目が行く。私たち夫婦には、まだ、孫がいない。これから孫が生まれてくることを願っている。

赤ちゃんを見ているとReincarnattion(生まれ変わり)を感じる。私の顔は、DNAの影響で上の顔半分が私の祖父に似ている下半分の顔は、父親の顔だ。歳を取ってくると面影が顕著になってくる。DNAは、生まれ変わりを可能にする。時々、思う事が有る。今の自分は、きっと、祖父の生き方と似ていたのではないかと。

祖父は、実家のビジネスを創業した。そのお陰で今の私がいる。私も会社員をやめて創業した。祖父の性格は知らないが、聞く事によると厳格な人であったらしい。私が厳格であるかどうかは分からないが、曲がった事は嫌いな性格だ。

赤ちゃんは後を継ぐ者だ。私たちが他界した後の世界を作って行く。私たちが生きた世代とは違うだろうが、未来がある。この赤ちゃんは、どんな人生を送るのだろうかと思いながら赤ちゃんの顔を覗き込んでしまう。

赤ちゃんがこれから遭遇する人生と私の人生