丸の内の地下鉄駅で電車に乗り込んで空いている席に座ろうとしたら、若者が先に座ってしまった。その席の横には私の妻が先に座っていた。その状況を察してか、若者は慌てて私に席を譲ってくれた。私は、別に気にしないで良いから座っていて下さいと言ったのだが、その若者は席を立ってしまった。
私は、若者の気持ちを害してはいけないと思い喜んでそのオファーを受け入れた。若者に席を譲られるのは頻繁ではないが、あることはある。殆どの場合、私はその若者に感謝して席に座らせて頂く。それにはそれなりの根拠が私にある。
丸の内の地下鉄駅で電車に乗り込んで空いている席に座ろうとしたら、若者が先に座ってしまった。その席の横には私の妻が先に座っていた。その状況を察してか、若者は慌てて私に席を譲ってくれた。私は、別に気にしないで良いから座っていて下さいと言ったのだが、その若者は席を立ってしまった。
私は、若者の気持ちを害してはいけないと思い喜んでそのオファーを受け入れた。若者に席を譲られるのは頻繁ではないが、あることはある。殆どの場合、私はその若者に感謝して席に座らせて頂く。それにはそれなりの根拠が私にある。
1年が過ぎる。何と早く感じることか。この1年間は世間で色々なことが起きている。一番記憶に残っているのは夏の暑さである。お陰で日常に着る服が様変わりした。汗がたくさん出てもすぐに乾く下着、涼しいジョガーパンツやスポーツウエアが日常着になってしまった。
年末の今、感じるのは物価高である。相鉄線横浜西口改札出口近くにある有名な中華料理店「龍王」でランチをした。半チャーハンと餃子を食べた。料金は850円。半チャーハン400円、餃子6つ450円。この餃子に変化があった。以前の餃子は大きかった。そのサイズが、小さくなったのに気づいた。これも物価高を反映している。価格をあげないで量を少なくしたということである。
1年前は何とかランチ代金を700円以下で済む事が多かった。今は1000円以内でないとまともなランチが出来ないという感じである。政府は意図的にインフレを起こしている。物価と給与を強制的に上げて他国と遜色ないようにしようとしている。これには無理がある。働いていない年金生活者は物価高で生活がどんどん苦しくなっていく。2025年も物価は上がっていく。70歳になる私の生活も物価対策をしなければならない。
1年前に書いたブログ記事 ⇓
69歳の誕生日を迎えて69歳という歳が信じられない。還暦を迎えてからもう9年が経過してしまった。肉体は筋トレで鍛えているが、肉体としての内臓機能は劣化している。持病の緑内障は、少しづつ視野を狭くしていっているのが分かる。視野を失うのが先か、他界するのが先かの競争である。

子供と違って私の誕生日を祝ってくれるのは最愛の妻である。別に誕生日プレゼントをいただけるわけでもない。家内からのプレゼントは、私が大好きな家内のカレーライスを夕食時に作ってくれることだ。お腹を好きな食事で満腹にするだけで幸せになる。
今の所、物欲はない。足りている。老人にとって、高齢者にとって、シニアにとって、歳を1歳食う事をどう感じているのだろうか。
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2024年もすぐに終わり、2025年になる。1月は私も古希を迎える。70歳になる。70歳という年齢に驚く。心の中ではまだ40歳、50歳という感覚がある。今日は週2回の筋トレをスポーツジムでやってきた。ベンチプレス70キロを1セット4回x4セットやってきた。70キロは自分の体重の重さである。80キロも上げられるが無理をして肩に怪我をしないようにしている。筋トレは続けるが勝ちである。
筋トレを続ければ、普通の生活が出来る体力と筋力を維持できる。老いると医療費が増えていく。医療費を抑えるためには健康な体を維持するしかない。そのために何をするかである。物価は上がっていく。無駄な出費を抑える必要がある。
60歳定年退職になると自分の生き方に迷う。会社組織から離れた生活を見通すことが出来ない人が多い。大学を卒業して大企業に就職するまでは、誰でもが頭で描ける一般的な人生の道である。その道を歩いて行けば、取り敢えず、安全な人生を送れるという見通しがあった。
会社に就職して定年退職したあと、どうすれば良いかの道が教えられていないというか、一般常識として知られていない。知られているのは、定年退職=働かないで年金生活をする。生活に必要なお金は年金でまかなわれるので自分の時間を好きに使って良いよ!という状態に置かれる。
定年退職後のシニアの生活は、個人差がありすぎる。何をして良いか分からないシニアは、毎日が日曜日で精神的に苦しみ始める。暇な時間が悩みの種になる。そんなシニアはこれからの人生の見取り図を作成すること。それが第一歩になる。見取り図を書くうえでやりやすい方法は自分がどのように他界するかから始める。人生の終わりから現在までを何をして時間を使うかである。
こんな感じに見取り図を描いてみる。
私の自宅には、500GBのHDDが入った録画ビデオレコーダーがある。定期的に録画する番組を設定してあるのだが、録画した番組を見る機会が少ない。その結果、500GBのHDDが録画された番組で一杯になった。現在の設定では、新規にデータを上書きできない状態にあるので自動停止状態になっている。
こんな状態になっているシニアは私だけだろうか。
HDDの容量をもっと大きくしておけば良かったと思うべきか、もっと少ない容量にすべきであったのか、判断に困る。
69歳のシニア男性として、自分の老後を楽しむためにやっていることが2つある。一つは、80歳以降も「普通の生活」が出来る健康と体力を維持すること。二つ目は、年金以外の収入を80歳以降も手にすることである。3つ目は、快感を味わう新鮮な体験。
老化を感じ始めているシニアは自分の健康を強く意識する。会社を卒業していれば、年金と貯蓄で老後の生活を送るために節約の生活に入っているかもしれない。健康とお金はシニアの余生でもっとも重要な要素になる。
それと、バイクに乗った犬のように旅をすることも老後の生活を楽しむ要素になる。シニアが年金生活を始める前後に旅行にお金を使う。仕事を辞めて暇な時間が出来たら、夫婦で温泉旅行に行こうとか、今まで行ったことがない場所を訪問しようとか、非日常の生活を求める。自由に活動できる年齢のうちに旅行に出かけたいと思うシニアが多い。
快感を味わう生活には個人差があるので快感を味わえることを追求することである。最近の私は美しい女性のヒップシェイプに目を奪われる。眺めていて快感を感じ始める。こんなイメージのヒップである。日本人の女性の体型では見つからない骨格の仕組みが違う。

若い女の子たちが何やら悩んでいる。自分たちの将来はどうなるのだろうかと。不安定な時代が世の中の急激な変化の影響で生まれてきている。政府の年金制度は崩壊に向かい自分たちが年金を受け取る時期にはその存続が危ぶまれている。それなのに強制的に国民年金を納めなければならないという不条理だ。

不安はつきない。将来は誰の目にも見えていない。見えていないから若者たちは特に悩む。自分の将来をどうすれば良いか。そんな時、人生経験が長いシニアに聞いてみることである。時代は変わっていても生き方においては何も違いはない。本質はいつも同じである。
私は独りよがりで頑固な性格であるため悩んだときに他の人に相談しないで事を判断してしまう人生を送ってきている。もし、相談すべき人がいたならば、もう少し良いビジネス経験をしていたかもしれない。人生の指導者がいる若者は求める目標に到達しやすい。自分一人ではわからないことだらけの将来であるからだ。人生の先輩からの助言は価値がある。
先日のNHKニュースで80歳を越えた老人男性が年金生活で生活が出来ないため、生活保護を受けていた。住んでいる賃貸住宅が高くなったのでもっと安い賃貸アパートを捜したが、年齢で全て断られたという。大家の不安は、孤独死による物件資産価値が落ちることだ。
大都市に集まる高齢者の問題は住居と生活費。なぜ、地方にある安い賃貸住宅を捜さないのだろうか。いつも疑問に思っている。
家内に台所の戸棚の繋ぎの軸が緩んで外れたので直してくれと頼まれた。過去に何度か直していたのでやってみたのだが、うまくいかない。仕組みは同じなのだが、軸の外れ方が違っていた。10分ぐらい格闘したが、うまく行かずだんだんと頭に血が上ってきた。
「これはできない!!」と叫んだら、家内が台所をリフォームする家庭が増えている理由がわかったわと言い出した。なに、リフォームする資金も用意していないのに気軽にリフォームしたいなんて言うなと心のなかで思った。言葉に出したら喧嘩になるからだ。
還暦を過ぎると老化現象が強く感じる。精神的な忍耐力が落ちた。冷静に考えれば、感情的なことを考えたりしないのだが言葉になって出る。自分にとって不都合なことが起きると感情が先に出る。短気は損気というが、若いときよりも短気が強く出始めている。一歩下がって一呼吸をした後に頭にきたことを考えると常識ある言葉が浮かんでくる。
脳の老化現象が起きている。そう気づくときが誰にでも起きるのが脳の老化である。
シニアの必需品といえば何を思い浮かべるだろうか。最近、外出時に困ることがある。強い日差しと突然の雨である。何度か、そのような場面に出くわしたのでリュックの中にいつも晴雨兼用日傘を入れている。足腰を鍛えるために外出するシニアは多い。多くのシニアはリュックを背負って帽子を被っている。
私もあと10年以内に帽子を被る生活になるかもしれない。髪の毛の量が少ない。強い日差しが頭皮を焼く。熱くなるので帽子が必須になる。外出するとリュックに色々と入れる物が出てくる。シニアにとって外出時の水分補給は必須。そのためお水を入れたボトルをいれる。

私は自分の健康管理のためにスマートバンドという健康管理ディバイスを時計代わりに手首に付けている。スマホのアプリと連動して今の健康状態をモニターできる。当然、スマホは今やパソコンや携帯に変わる多機能情報端末である。
最低でも上記の物はリュックに入れている。追加として非常食としてキャラメル、ピーナッツ、せんべいなどのお菓子を入れている。スマホのカバーにはバンドエイドを差し込んでいる。さらに、お腹を壊したときや風邪気味になったときのために薬も入れてある。
体調管理はシニアにとって重要である。リュックに入れるものは個人のニーズによって違うが、上記の物はリュックに入れたおいたほうが良いと思う。
75歳の高齢者が歩いている後ろ姿を見て体から出るエネルギーを感じられなかった。体が徐々に枯れて行っていくような弱々しい体格に見えた。当然、個人差はある。何かに熱中してアクティブに動き回っている75歳の方ならば、こんな感じは受けない。75歳は、後期高齢者というラベルが貼られる年齢である。多くのシニアは75歳になって自分は老人になったと認識する。
一方で65歳のシニアは、弱々しさを感じる事が無い。まだ、まだ、何かをやれるという印象がある。私は今年で69歳になる。75歳になるまであと6年間。今の体格と体力を維持できるかどうか不安があるが、週2回の筋トレでなんとか筋肉量と筋力を維持できるのではと期待している。
60歳代のシニアは70歳代のシニアよりも外見でも体力でも見て違いがわかる。10年間の違いは、はっきりと体に出てくる。65歳の時の活動量と比較して75歳の活動量は減ってきている。それに従い移動に必要な脚力も衰えて行く。脚力が衰えると生活に変化が起きる。外出するのが面倒になり自宅にこもり始める。
生命エネルギーは日頃の活動量に適応する。活動が多ければ、食欲が増し筋肉量も維持される。日頃の動きも機敏になる。そんなシニアは元気がある。65歳からの10年間に元気の違いが出てくる。75歳になっても元気でいたい。誰もがそう思うのだが、思うだけでは元気を維持できない。